2010年04月17日 土曜日
樋口一葉 瀬川清子 丸岡秀子
この三人の女性に、特に共通性はない。生きた時代も、樋口が明治初めに東京に生まれ24歳の短い生涯、瀬川は明治末期に秋田に生まれて昭和末期まで、丸岡は瀬川より少し遅れた明治末期に長野に生まれて大正、昭和、平成の初めまでを生き抜いている。丸岡と瀬川は同時代人であるが面識があったかどうか定かではない。三人は分野は異なるが著作が多い。私はその著作を通して、それらが三人の生き様から紡ぎ出されていることを知った。
樋口一葉は教科書にも載って知らない人はいない。20年前、女学院時代の奈良佐保短期大学に着任し女性学を担当することになり、毎年その授業の最初に樋口一葉を取り上げていた。ある年、学生の一人が授業中「ええ!樋口一葉って女なん?」と素っ頓狂な声をあげた。今度は私の方が「ええっ?」と声を荒げた。「先生、みんなに訊いてみて。絶対みんな男と思ってるから」と、かの学生が言うので、全員に質問した。60人ほどいた学生の7割近くが、男と思っていたと手を挙げた。学生たちは高校の国語で「たけくらべ」を読んでいた。しかし、その作者の樋口一葉の生き方も、明治のまだ黎明期に女性が職業作家として生きようとした意志や苦悩についても、知らされてはいなかった。
一葉の作品に描かれた、貧困と格差、家観念、女の深い哀しみを、一葉の生き様を知らずして、どうして理解できよう。樋口一葉=たけくらべと数式のように覚えて来た学生たちは、「大つごもり」の商家の奉公人の苦しみや放蕩息子が書き残した紙切れの意味、「十三夜」の、邂逅した車夫と別れ月かげの中を婚家に戻っていく女の気持、「にごりえ」の極貧に育った酌婦の心の襞など、理解できるだろうか?ぎりぎりに追い詰められた女の心理と、そこに射す一条の光など、若い人は今どこで学ぶのだろう?二千円札が出て、一葉が女性であることは周知のことにはなったが―。
瀬川清子は、柳田國男の門下生として、また民俗学者として当然のことではあるが、日本の津津浦浦の農山漁村を歩き回り、土地の人と寝泊りを共にしながら、海女、行商人、農婦、巫女など、働く女性の生活や労働を聞き取った。北海道から沖縄まで、戦時中はスパイと間違えられ、女ひとり「暗い船底でゴロ寝して」離島へも渡り、その地域の生活、習俗、しきたりなどを採取して回った。瀬川が「海女記」「村の女たち」「販女」「アイヌの婚姻」などなど、多くの著作に記録した民俗は、今では貴重な日本の財産である。
写真1:福田アジオ「日本の民俗学者-人と学問」(御茶ノ水書房)より。
丸岡秀子は、奈良女高師を大正13年に卒業し、昭和60年奈良女子大学を再訪している(写真2)。その時同窓会の会合で「私は2度と校門をくぐらないと心に決めて、女高師をあとにした」が、長谷川理事長や後藤学長(社会学)に熱く乞われて、60年ぶりに母校を訪れたと話された
写真2:昭和60年奈良女子大学講堂の小倉遊亀画伯筆の緞帳の前で。 右から3人目より、宮本奈良佐保女学院短期大学長、後藤奈良女子大学長、丸岡秀子、長谷川佐保会理事長。
「丸岡秀子の仕事―ひとすじの道を生きる」(ドメス出版)より。
丸岡は在学中、陶芸家富本憲吉とその夫人で青鞜同人の一枝らと親交し傾倒していたことが学校当局に睨まれ、反発していた。先年奈良女子大学図書館の史資料室で、井出(丸岡)ひでが職員会議に付された議事録を見つけ胸がドキンとした。会合で丸岡は「日本の農村で行かない村はなかった」と自らの活動を話された。幼子を背負って日本の村々を訪ね、農村女性の実態を調べ生活向上のために発言しつづけた。その成果が名著「日本農村婦人問題」(1937)に結実している。少女期、祖父母が汗して収穫した米の俵が、地主のもとへ運び出される悔しさが、その後の丸岡の行動の原点となっている。戦後は、平塚らいてう、市川房枝、野上弥生子、田村俊子ら広い分野の人と交流し、核廃絶運動など政治的な行動と発言を活発に行っている。
この3人の女性の生き様を今の学生に語ったら、いったいどのような反応を示すのであろうか?
木 村 都 (相談役)
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