2009年02月26日 木曜日
変身した卒業生!!
先日イトーヨカドーで大学展を開催し、本学の教育活動の一端を地域の皆様にご覧いただきました。
そこに現れた一人の卒業生に目を見張りました。挨拶された時、あまりの変わりように一瞬、唖然としていたようで、「先生、どうしたん? しらけて・・・」と言われて、「あんまり、立派になってるんで・・・・」という調子でした。
彼は学生時代、ハッキリ言って「イケメン」ではありませんでしたが、すっきりしたビジネスマン姿で現れたのです。卒業後も何度か短大を訪れてくれて、だんだん社会人らしい態度になっていくことは感じていたのですが、今回はしばらく振りの変貌でした。学業成績も「ギリギリ」というレベルでしたが、人柄の良さを見込んで、卒業後の成長に賭けることにした印象深い卒業生なのです。
今は営業マンをしていますが、「栄養士免許を貰ったおがけで、福祉施設を担当している」と感謝の言葉を言う気遣いもできるようになっていました。
我々は、教員として学生の成績評価をして単位を認定するとき、資格を出すという社会的責任と学生の将来性との間で悩みます。
今回の出会いは、私たちの判断が間違っていなかったと安堵するとともに、人を評価することの難しさと責任を改めて考えさせられた出来事でした。
2009年02月26日 木曜日
巡回指導の想い出
2月の2週目から、1回生は初めての学外実習を行っています。介護実習は学生が主体的に実践の場で学びますが、そのサポートを教員は巡回指導を通して行います。巡回指導は、教員が施設へ赴き行いますが、私は自動車免許を持っていないため公共交通機関とこの足で移動します。
1施設に対して1週間に2回以上の巡回指導が必要なため、実習が始まると私たちはバタバタと飛び回ります。そんな巡回指導の、今回は特に施設への移動時の想い出をお話します。
福祉施設は交通の便の良いところにもありますが、不便なところにあることが多いです。山の頂上にある施設へ巡回していたときは、バスが1日に2本しかなく、さらに雪が降るとバスも走らなくなることもありました。一度は歩いて下山しようとして道に迷い、野犬に追いかけられ不安になり、タクシーを呼ぼうとして携帯電話をかけようとすると電波が届かず、見知らぬ民家のインターフォンを押し、タクシーを呼んでいただいたことがあります。本当に助かりました。
また、田んぼの真ん中にある施設から駅に向かっていたとき、風と雪が激しくなり傘もさせずに歩いていると、車に乗った見知らぬおじさんから「このままでは危ないぞ!車に乗りなさい」と声を掛けられました。一瞬「助かる!」という気持ちと「あなたが危ないのでは?」という気持ちが混ざり合い戸惑いましたが、おじさんの気迫に押されて乗せて頂きました。駅まで着いた時にはホッとしました(親切も難しい)。
いろんな苦労をしながらも、施設に行くと学生たちはとっても喜んでくれます。そして今度はなかなか離してくれません^_^;。こんな私達の苦労が実りますように!
生活科学科生活福祉専攻 笹谷真由美
2009年02月23日 月曜日
我が家の癒し・・・
我が家のウインタースポーツと言えばスキーです。
真っ白な銀世界に心も晴々します。ウエアーを揃えて格好だけは一人前!子どもたちはまだまだ初心者なので、すぐに飽きてしまうんです。そんなときは褒めちぎっています。それでも駄目なら無理強いせず雪遊びに突入します。最近のスキー場はキッズスペースが充実しているので、時間を忘れて遊んでいます。
夜は、丹後半島にある旅館へ・・・。目の前に並ぶ食べきれないほどのカニ料理を満喫しました。
いつもお世話になっているご主人によると、今年は温暖化の影響からか雪がほとんど降っていないようです。
翌日はこの冬一番の温かさの中、海岸まで散歩に出かけました。冬の海とは思えない空の色に違和感を覚えたほどでした。
心もお腹も満腹になれて最高の思い出ができました。
学生支援センター松井
2009年02月17日 火曜日
懺悔(さんげ)
今年もまた、この季節がやってきました。
東大寺二月堂で行われる法会、通称「お水取り」です。
旧暦の二月一日から十四日に行われたことから、正確には修二会と呼ばれています。なかでも東大寺二月堂で行われるものはその本尊「十一面観世音菩薩」の名前から「十一面悔過法(じゅういちめんけかほう)」というのが正式名称となっています。なんと今年で1258年目、1258回目となります。
この「悔過(けか)」というのは「過ちを悔い、告白し、改める」こと、つまり懺悔(仏教では、さんげ、と読む)することです。基本的な煩悩である
三毒「貪・瞋・癡(とん・じん・ち)」
が原因で起こした過ちを観音様の前で告白し許しを請う。貪瞋癡は
| 貪欲(とんよく) | ・・・むさぼる心 |
| 瞋恚(しんい) | ・・・いかる心 |
| 愚癡(ぐち) | ・・・教え・真理を知らないこと、無知 |
これらを略したものだそうです。現代にあっても、また仏教徒でなくても当てはまることは多そうです。(この辺りココロあたりがありすぎて書いていて辛いな)
派手なお松明の明かりの後ろでは、唱句を唱えるほかにも、身体を地面に打ち付ける五体投地などの厳しい行法が続けられています。
人間というものは、その魂を脆い殻によってかろうじて守られた卵のようなものらしいので修行を積んだお坊さんのようにゴシゴシ洗うのはちょっと怖いですが、年に一度くらい冷たい夜の空気のなかで、きれいな松明を見上げながらホコリを落とすのもなかなか良いかも知れません。
お松明は3月1日から14日まで毎日19時(14日だけ18時)から始まります。いつもより一回り大きい籠松明(80kg!)が使われる12日は大変混むため、ご覧になりたい方はお早めにどうぞ。
また、お水取りをはじめたとされる実忠和尚のお話もたいへん面白いので興味のある方は是非『東大寺お水取り-二月堂修二会の記録と研究』などの本をお読みになることをお薦めします。
参考:東大寺二月堂修二会十一面悔過 修二会 - Wikipedia
2009年02月17日 火曜日
今朝起きてみたら雪が降っていました
今朝起きてみたら雪が降っていました。私の家は滋賀県守山市にあります。滋賀県でも南の方なので、冬にはほとんど雪は降りません。むしろ立春過ぎてから二三度、こうして雪が降ります。お昼頃になれば、消えてしまう春の雪を「万葉集の時代の人々も春になって梅が咲き始めた頃に降る沫雪を歌に詠んでいます。
ウグイスが鳴きながら梅の枝を枝から枝へと飛び移っている。その羽を真っ白にして沫雪が降っている、というのです。蕾のふくらみかけた梅の枝。花の香り。ウグイスの声。真っ白な雪。奈良時代よりももっと古い時代の作で作者もわからない歌です。きれいな歌ですね。
「含む」というのは蕾がふくらみかけるという意味です。「蕾がふくらみかけてきた」とあなたが言っていた梅の枝は、今朝降った沫雪にあってとまどいながらも咲いたことでしょうかと思いをはせています。これは奈良時代の大伴宿祢村上という人の作です。
寒くても、もう春です。雪に降られながらも梅は咲き、いい香りをはなちます。ウグイスは羽を雪で真っ白にしながらも花の蜜を求めて飛び交います。まもなく、この佐保短大から飛び立ってゆく学生の皆さんの幸せを心から祈っています。
2009年02月05日 木曜日
若草山へウォーキング
奈良佐保短期大学へはJRや近鉄駅前からバスに乗り、大仏殿前の交差点を右に曲がると、飛火野の美しい風景を左に目にしつつ、あと6~7分です。
しかし今日は休日で空一面の青空。久しぶりに歩いてみませんか。
大仏殿前でバスを降り、交差点を山の方へまっすぐ進んでください。県公会堂の横を通ってしばらく歩くと、左に若草山の麓に出る階段があります。若草山へは普通この階段を上がり麓に出て、料金(150円)を払って登ります。しかし、今日は森林浴もしたいので、階段を上がらず、歩いてきた道をまっすぐ進みましょう。車の通らない、渓流沿いの九十九折の静かな道が若草山の三重目まで続いています。地道ですが、幼稚園の園児でも歩ける安全な道です。鳥のさえずりを耳にしながら、階段のところから歩くこと30~40分、三重目の頂上に到着です。佐保短大はあのあたりかなと、眼下に広がる奈良盆地を見ながら食べるおにぎりは格別です。
しばらく休憩した後は、二重目に下りていく道をいくと料金所、二重目、一重目と下って行って麓に到着です。
夕食のビールが、いつもより何倍もおいしいことでしょう。
(三重目には鶯塚という古墳があることをご存知ですか。ウィキペディアを見ると、仁徳天皇の皇后の磐之媛の墓とありました。しかし、一般に知られている磐之媛の古墳は、佐紀町の水上池の北にある磐之媛命陵です。どちらが本当の陵か、しかし、何せ平城京のさらに400年も前の時代、詮索しても意味のないことかも知れません。
余計な話ながら、磐之媛は、仁徳天皇が新しい妃を迎えたことに立腹、天皇は皇后のほかに何人もの妃をもつことが当たり前の時代ですが、嫉妬に狂った皇后は宮を飛び出し、山城筒城―同志社田辺キャンパスあたり―に宮を構え、この地で没したと記紀にあります。嫉妬に狂う気性の荒く激しい女性として記紀に描かれており、「へ~、その女性がここに眠っているのか」と思うと人間的な親しみがわいてきます。)
事務局 中西
2009年02月04日 水曜日
「春」がそこまで・・・・・
2月4日は 「立春」
「立春」とは、冬と春の分かれる節目です。「節分」の翌日で、「寒さが あけて春に入る日」春の初日です。 でも、まわりの風景はまだまだ「冬」ですが、奈良佐保短期大学の花壇には、水仙の花と一緒にチューリップが芽を出しました。 このチューリップは、毎年、卒業生がいろんな種類の球根を沢山届けてくれ、職員が花壇に植え育てています。 今年も沢山のチューリップたちが学生たちの目を楽しませてくれることを願っています。
2009年02月03日 火曜日
七人の侍
現代は、何ごとも貨幣価値や数値で推し測られる。そこから無償の愛とか無償労働という概念が生まれ、それは崇高なものとか、逆にやや自虐や自負のニュアンスが伴うこともある。
いま、4月からスタートするビジネスキャリア・コースの設営やテキストづくりのために、本学理事のY氏を中心に、大企業のOBの方々7人が、仕事の傍ら、昨秋から既に8回、土日の丸一日あるいは半日を費やして、精力的に討議や検討、資料集めに奔走してくださっている、それも無償で・・・。
会議日は開始時刻には全員が勢揃い、直ぐ本題に入る。会議は緊迫そのもの、ある日はホワイトボードが真っ黒になるほどの書き込み、ある日はお茶を入れ労う時間も、5時間休憩もなしのぶっ続け、記録担当のK先生はトイレに行く時間もない(レディに失礼!)と青い顔である。議論を重ね、曖昧な点には厳しい追及が飛ぶ。熱く進行し、最後は静かにY氏が課題解決に収斂していく。日本の高度経済成長を支え、ビジネス界で鍛えられた美事なアラシー(around sixty)たちである。
しかし何故、かくも佐保のため、新設のビジネスキャリア・コースのために、時間と労力と熱意をかけてくださるのであろうか?
映画史上の名作、黒澤明監督の「七人の侍」は、野盗にしばしば襲撃されて疲弊した貧しい村のために、7人の男たちが命がけで野盗と戦う物語であった。あの男たちが、初めて見る寒村と村人たちを守るために、敢然と立ち上がったのは、なぜか?アルゼンチン人チェ・ゲバラがキューバの圧制下の民衆のために闘ったのは、なぜ?アラビアのロレンスは・・・?
そこには、正義や真実、人間に対する愛があり、そして男のロマンが漂う。その点、女は群れがちだが同列的で現実的。傑出した女性リーダーがいても、成員に意識がなければ力は凝集しない。しかし男たちは、志あるリーダーの下に期せずして集まり、緩やかなピラミッドの組織を作り、リーダーの統率に唯々と従い目的に立ち向かう。勘兵衛もゲバラもロレンスも志を秘めたリーダーであった。私も身近に、魅力あるリーダーと慕い寄る男たちの例をいくつか見てきた。
しかし今の7人の協力者については、正義論や男女論、リーダーシップ論で謎は解けない。佐保のために考え、行動し、時間と労力を費やしてくださる7人の侍に対して、佐保が魅力ある大学となり、ビジネスキャリアが充実し誇りある教育と人材育成をすることが、せめてもの<償い>になるであろうか?願わくば7人の誰方かがこのHPをご覧になって、上記のいくつかの<なぜ?>に解答して下さることを秘かに期待している。正面切ってお訊ねする勇気がないので―。
(生涯学習教育センター 木村 都)





