2009年12月29日 火曜日
「奈良佐保短期大学夢の丘キャンパスからの眺望」
夢の丘キャンパスは、冬景色となっていますが、奈良市街(写真1)や生駒山(写
真2)、若草山(写真3)を遠望する眺めは素晴らしいものがあります。写真1では少々分かりにくいですが、西北方向には、奈良市の和楽園の屋根越しに、東大寺の大屋根、県庁、興福寺の五重塔、元のドリームランドの雪山などが遠望できます。また、西に向いては、夢の丘キャンパスの竹林越しに眺めることができる、生駒山に沈む夕日は格別のものがあります。四季折々に様相を変える景色は飽きることがありません。北の方向を眺めれば、若草山の山焼きももう直ぐとなりましたが、運動場から眺める山焼きは特に迫力があります。東方向には、高円山が聳え、本学キャンパスの借景となっています。南側には、護国神社
の杜が真近にせまっています。
近くには、地域の市民グループが中心となって、活性化を図っている、山の辺の道「奈良道」のルートがあります。新薬師寺に始まり、白毫寺、弘仁寺、正暦寺、円照寺、帯解寺などの仏閣、護国神社、崇道天皇八嶋陵など神社が点在する古道です。あたりに手ごろな休み場所がないので、夢の丘キャンパスに立ち寄っていただければ、奈良市街の眺望を楽しみながらゆっくり休んでいただけます。本学ビジネス・キャリアーコースでは、観光も目玉の一つに入れていますので、奈良道の「歩く観光」に協力していく所存であります。
暮れも押し迫り、今年もいよいよ後2日となりました。皆様、良いお年をお迎えください。
2009年12月22日 火曜日
「きらきら音楽隊の活躍~奈良県里親会{冬のお楽しみ会}~」
12月18日(日)に、本学において、奈良県里親会の「冬のお楽しみ会」が開催
されました。会場にはツリーやリースが飾られ、ちょっと早いクリスマスパーテイーといった雰囲気でした(写真1)。本学
この会との縁は、昨年、きらきら音楽隊の活動をご覧になった児童相談所の方から、奈良県里親会のクリスマスに呼んでいただき、今年はぜひ佐保のキャンパスに来ていただいてクリスマス会を、と
きらきら音楽隊は、学内だけでなく地域での活動ぶりが認められ、あちこちからお声がかかるようになりましたが、今度はテレビ局の取材を受けることになり、12月24日(木)のクリスマスイブに、18:10~19:00のNHK奈良放送局「ならナビ」の番組で、その活躍が放映されることになっています。皆様、ぜひ、きらきら音楽隊の活躍ぶりをご覧ください。
本学では、社会人、留学生、自宅外通学生などへの特別奨学金制度に加えて、児童擁護施設・里親家庭奨学助成制度を設けております。介護福祉士、保育士・幼稚園教諭、栄養士などの資格をめざす方、一般企業への就職を目指してビジネスキャリアコースで学ぼうとされる方で、奨学金をご希望の方々は、このような制度をご利用ください。
2009年12月22日 火曜日
「奈良県立大学研究会"社会構想としての観光の可能性"に参加して」
奈良県立大学において、地域創造学部の遠藤英樹教授による「社会構想としての観
光の可能性」の報告と安村克己教授による討論が、堀野正人教授のコーデイネートにより行われました(写真1)。
遠藤先生の報告は、観光まちづくりを1970年代以降の文化=社会運動の流れの中に位置づけ、観光まちづくりの事例を紹介し、観光まちづくりを「観光という手法を用いて地域を主体的にデザインしようとする行為」と定義し、商業主義に組み入れられていた地域を「自らの手に取り戻す」活動であるとも言われました。そして、「公共圏」という概念を創出し、特定の他者にとどまらず、多様な他者との関係性によって間主観的に共有されている社会空間をめぐる感覚であると定義しています。現代の「公共圏」なき時代に、「公共圏」を創出するのが観光である、またそのために、観光のコンヴィヴィアリテイ(陽気であること、宴会好きであること)が重要であるとしています。
これに対して、安村先生は、観光まちづくりに非常な思い入れをもっている立場から、観光まちづくりは、文化=社会運動に中に位置づけられるようなものではなく、地域の社会システム全体を間接的に変革する住民の作為であるとみなすということです。また、「公共圏」は「親密圏」に支えられて構築されるという観点を述べられました。遠藤先生によると、「公共圏」は「親密圏」のような共同体なものではなく、もっと開かれたものであると反論され、そこに論点の相異があるようです。
これらの議論は、奈良県立大の「地域創造学研究」創刊号(写真2)に載った遠藤
論文「社会構想における観光の可能性」と、安村先生による「遠藤論文『社会構想における観光の可能性』への問い」(「地域創造学研究」III掲載)、さらに遠藤先生による「リプライ」を基にした議論でありました。ぼくの感じでは、両者の差異はそれほどなく、「観光まちづくり」に大きな価値を見出している点で一致しています。しかし、コーディネーターの堀野先生が指摘されたように、「観光まちづくり」が強大な資本主義の波の中に飲み込まれてしまうのではないかという危惧は感じます。遊び的要素を充分にもった文化=社会運動として、「公共圏」をいかに構築できるかがポイントのように思われました。
いずれにしても、単に観光の活性化により、人を集めるだけでは、環境破壊や地域の崩壊につながりかねない状況のもとで、観光というものを社会学的に捉え直し、理論的に再構築することは、重要であると思った次第です。これからの時代、グローバルにもローカルにも観光というキーワードは無視できません。奈良佐保短期大学の生活未来科ビジネスキャリアーコースでは「観光ビジネス」「地域活性化論」などの科目を設け、観光も視野に入れていますので、今回の研究会は大変勉強になりました。
2009年12月19日 土曜日
「夢の丘SAHO農園で収穫したサツマイモで焼き芋大会」
本学夢の丘キャンパスの農園で収穫したサツマイモで、12月17日き芋大会を開催しました。枯葉を集めて燃やし、その中に芋を入れて焼き上げるのです(写真1)。枯葉は、キャンパス内にある、桜、ケヤキ、クヌギ、クリなど何十種もある落葉樹の落ち葉が、今はかさこそと師走の風に吹かれて此処かしこに散らばっているのを、皆で拾い集めたものです。焼き芋をするのには丁度お誂えむきです。本当に自然に囲まれ、自然豊かな本学ならではのイベントです。
焼きあがったサツマイモを、みんなで焚き火を囲んでアツアツを食べました(写真2)。ぼくも試食させてもらいましたが、とても甘くておいしいものでした。お昼休みには、全学の学生の皆さんにも振舞われました。60年以上も前、
太平洋戦争が終わった直ぐの頃、小学校の校庭にサツマイモを植え、毎日、毎日、サツマイモを食べたことが思い出されました。サツマイモといっても、すじだらけで、水っぽく、とてもおいしいとは言えませんでした。そのおかげで、ぼくはすっかりサツマイモが嫌いになったのですが、今日の焼き芋はとても甘く、香りも良く、さすが、我が夢の丘キャンパス!で採れるサツマイモは違うなと感じました。学生、教員、ボランテイアで農園の管理をして下さっている方々の丹精のおかげです。
2009年12月15日 火曜日
「紀伊半島シンポジウム:紀伊半島の生活―衣食住と文化―」
紀伊半島研究会主催の第13回紀伊半島シンポジウム「紀伊半島の生活―衣食住と文化―」が、奈良女子大学記念館において、第9回奈良女子大学共生科学研究センターシンポジウムと合同で開催されました。また、奈良女子大学家政学会と共催、平城遷都1300年記念事業会後援で行いました。(写真1)
次の五つの講演が行われ、熱心なコメント、質疑などがなされました。
1.「奈良の食を知る」 高村仁知氏(奈良女子大学生活環境学部)
2.「山里の食文化」 岩本泉治氏(NPO法人森と人のネットワーク奈良)
3.「和歌山の町並と農山漁村の景観と民家」 宮川智子氏(和歌山大学システム工学部)
4.「先志摩半島の漁業地域における変容過程」 木村都氏(奈良佐保短期大学)
5.「一様さ・適用さ・多様さー東吉野へ継続的訪問からー」 佐野敏行氏(奈良女子大学生活環境学部)
「奈良の食を知る」では(写真2)、奈良発の食文化として、奈良が日本酒発祥の
地であるとの紹介があり、正暦寺で確立された酒造技術が現在まで受け継がれているということでした。また、酒粕による奈良漬も奈良時代にすでに存在していたということです。奈良の伝統料理としての茶粥、飛鳥鍋、があり、伝統食品として、古代米、三輪そうめんなどが現在まで受け継がれています。その他、大和野菜や柿、イチゴ、スイカなどの果物が紹介されました。「山里の食文化」では、紀伊半島の天ケ瀬という岩本氏の出身地での、食文化、とちの実のもち、種々の山菜、イノシシ、シカ、ウサギ、等々の紹介がありました。今から半世紀ほど前の山里のことが生き生きと目に浮かぶ講演でした。「和歌山の町並と農山漁村の景観と民家」では、和歌山県御坊市を中心に、寺内町、産業町、港町の特長ももつ、江戸、明治、大正、昭和の様々な時期に建てられた民家の紹介がありました。さらには移民が多かったことからアメリカ村と呼ばれる美浜町では洋風建築の民家も
見られました。これら、時代と環境に適した民家の建築様式の話でした。「先志摩半島の漁業地域における変容過程」では、本学の木村都教授が、先志摩半島の漁村における漁業、真珠養殖、に加えて、海女漁業の変遷について、「テー(夫)ひとり養わねば、女じゃない」という気概と自負をもった海女の生活(写真3)について話されました。最後は、「一様さ・適用さ・多様さー東吉野へ継続的訪問からー」で、佐野教授が東吉野村人の生活を東南アジアの山岳地の農民の生活と比較しながら、一様さ・適用さ・多様さの理解の重要さを指摘しました。
紀伊半島の生活と文化について、多くを学ぶことができたシンポジウムでしたが、これらの生活文化が消滅の危機に面している中で、いかに次代に発展的に継承し、紀伊半島の豊かな自然と文化をまもり活性化していくかが、必至の課題です。
2009年12月10日 木曜日
「介護シンポジウム:あなたの力が必要です。(その②」
前回のブログで紹介した、厚生労働省・福祉人材緊急支援対策・潜在的有資格者
養成支援事業、介護シンポジウム「あなたの力が必要ですー本音で語ろう!介護の仕事のよろこび、悲しみ、ありがたさー」の第2部では、講演会・グループワーク「それって虐待?」と題して、介護老人保健施設「オークピア鹿芝」副施設長の古川佳要子氏の講演がありました(写真1)。古川氏は、本学の介護福祉士養成課程の設置に際して、教員として尽力して基礎をつくって下さった方で、この日は古巣での講演ということです。
社会福祉法人東北福祉会、認知症介護研究・研修仙台センターの作成した「施設・事業所における高齢者虐待防止学習テキスト」を用いて、虐待の定義、現状、早期発見の責務と通報の義務、行政の対応について解説されました。また、高齢者虐待に対する考え方については、不適切ケアの積み重ねから虐待に至ることを強調されました。
その後、本学専攻科の学生や特別社会人学生、福祉施設から来てくださった職員、卒業生など、参加者がグループに分かれ、一つの事例をもとにしてグループワークを行いました(写真2)。
事例は、ある介護施設の入居者が、夜中ケアコールを押したが、夜勤の職員が来るまで30分近く待たされた、という苦情によって、明らかとなったいくつかの問題点についてでした。問題発生の経過、問題が表面化する経緯、フロアでの夜勤体制、ケアコール機器の型式、施設や管理者の対応等が、関連する情報として提示されました。各グループごとに、事例における問題点、改善対策を真剣に話し合い、その結果を発表しました。最後に古川先生と大西氏(オークピア鹿芝)から講評がありました。虐待にまで至らなくても、不適切ケアが積み重なることで虐待に近づいていくことの怖さが話されました。
夜勤時や種々の突発的な状況が生じる現場で、介護に関わる職員がいかに適切なケアをするかは大事なことであり、現実に職員の方々はお互いに情報交換をしながら適切なケアを行う努力をされ、そしてそこに生きがいを感じて働いておられるという現実を知って感銘を受けました。けれども、これからの高齢社会の維持は、介護現場の方がたにすべてを任せるのではなく、国全体で、そして支えて行く若い力が共に考えていかねばならないと改めて意識した次第です。
2009年12月09日 水曜日
「介護シンポジウム:あなたの力が必要です。その①」
12月6日(日)、厚生労働省・福祉人材緊急支援対策・潜在的有資格者養成支援事業
として、介護シンポジウム「あなたの力が必要です―本音で語ろう!介護の仕事のよろこび、悲しみ、ありがたさ―」を、本学で開催しました(写真1)。
第1部 シンポジウム「出会いとつながり」
特別養護老人ホーム「きのこグループ」・正垣幸一郎氏、
介護老人保健施設「オークピア鹿芝」・大西祥史氏、
グループホーム「ぽれぽれ奈良公園」・藤原一恵氏
介護の現場で働いておられる3人の方に来ていただき、
本学専攻科福祉専攻の奥田眞紀子准教授のコーデイネートでシンポジウムが行われました(写真2)。
正垣氏は、「あなたにできること」と題して、特別養護老人ホームでは、お年寄りから「ありがとう」の声を掛けられ、人に感謝されて給料をもらえる仕事であること、自分を受け入れてくれる人がいる、共感してくれる人がいる、自分の居所があるという仕事であることなど、介護の仕事が、いかにやりがいのあるものであるかを語られました。
大西氏は、「在宅復帰率向上を目指して―ご家族様との連携について―」と題して、認知症の高齢者と家族とのさまざまな関わりについての苦労を話されました。在宅復帰の困難さに対してグループホームの重要性、オークピアでの「おやつバイキング」など種々の取組の工夫と努力を紹介されました。
藤原氏は、認知症のある高齢者が共同生活するグループホームの取組について、介護者への徹底的なキャリアアップ研修を通してパーソンセンタードケア(チームワークで認知症ケアをする)を確立していくことの重要性を話されました。不適切なケアから適切なケアにかわって行くことで、いかに認知症状の改善がなされるか、また身体機能の維持改善によって最期まで健康な生活を維持できることなどが、グループホームの課題であるということでした。
3人の方々のお話には介護の仕事に対する誠意と情熱が感じられ、これから進むべき道をさぐる高校生や若い人たち、高齢者にかかわる人たち、行政や教育関係者も含め、もっと多くの人達に聞いてもらいたいと、強く思いました。





