2009年09月29日 火曜日
「国際高等研究所 池原フェロー研究会」
9月25~26日、国際高等研究所において、本学特任教授の池原健二先生がオーガナイズして「生命の本質―遺伝子、遺伝暗号、タンパク質および生命の起源」の研究会が開催されました。研究会は、1.遺伝子の起源と進化、2.遺伝暗号の起源と進化、3.タンパク質の起源と進化、4.生命の起源と進化、の4つのセッションをそれぞれの分野で一流の研究者からの話を中心に2時間ほどずつの時間をかけて議論しました。議論は白熱し、時間はかなり超過し、夜の懇親会の席でも議論が継続しました。少々、専門的過ぎるかも知れませんが、研究会の内容を紹介させていただきます。
1のセッション「遺伝子の起源と進化」に関しては、山岸秀夫京都大学名誉教授が
大野乾博士の「遺伝子重複」による進化の話、池原健二氏によって、Biro博士の「遺伝子(遺伝暗号)の起源」についての説の紹介と問題点の指摘、そして遺伝子の反対側のGC-NSF(a)から新規遺伝子が出来てくるという池原説の紹介がありました。写真は議論に熱中する池原先生と山岸先生です(手前は、寿命論で知られる奈良女子大学名誉教授の高木由臣先生)。2のセッション「遺伝暗号の起源と進化」においては、家族の方が新型インフルエンザに感染したことにより別所義隆氏(理化学研究所)が欠席したため、池原氏より別所氏が発表する予定の「遺伝暗号の分子進化」の紹介がありました。普遍遺伝暗号から逸脱する変則遺伝暗号は、アミノ酸を非指定にした後、tRNAが対象コドンを捕獲(コドン捕獲説)することで起こるとの説明がありました。次に服部宏氏(アルファ研究室)は、「遺伝暗号の変遷」と題して、4塩基を自己相似的(フラクタル的)に配列する、新しい8行8列の遺伝暗号表について発表しました。この日の夜は懇親会でさらに談論風発でした。写真は、懇親会の様子です。
次の日には、午前中のセッションで、「タンパク質の起原と進化」について、近畿大学先端技術研究所高圧力蛋白質研究センター長の赤坂一之先生に「高圧実験と蛋白質の環境適合」について、大阪大学蛋白質研究所附属プロテオミクス総合研究センターの金城玲先生に、「蛋白質の分子間相互作用における構造多様性と普遍性」というお話をいただきました。どちらも蛋白質というものを理解する上で大変参考になりました。午後のセッション「生命の起原と進化」で、大阪府立大学の川村邦男先生には、「生命らしさからみるRNAワールド」について、池原先生には、「生命の起原と進化(GADV仮説)」という蛋白質ワールド説についてお話いただきました。RNAワールドとタンパク質ワールドは、生命の起原を扱う二つの大きな説ですが、タンパク質ワールドからRNA-タンパク質ワールドに移り、最終的にDNA-RNA-タンパク質というセントラル・ドグマの形成に至ると考えるのが妥当ではないかと思った次第です。最後に、私(大石)が今年の5月にスペインで開催された生命の起源に関する国際会議(OQOL2009)での議論の内容を紹介し、世界での最新の生命起源研究の現状を解説して研究会の幕を閉じました。
2009年09月25日 金曜日
「Beautiful Life 第6章」
9月21日(月)の敬老に日に、「ビューテイフル・ライフ 第6章 ―生き生きと生
命力に満ちた生活をー」が、奈良県文化会館で開催されました。会場には11時の受付開始前から行列ができていました(写真1)。
奈良佐保短期大学は、今年もこの催しに参加して教育内容と姿勢をアピールし、展示会場のフロアを活気づけました。まず、午前中に行なわれた、本学の生活未来科生活福祉コース長の森田婦美子准教授の「健康ヨーガ教室」は申し込み多数の大盛況でした(写真2)。森田准教授は、ヨーガが脳の活性化にも効果があることを、脳血流量の測定により明らかにした研究成果をふまえて説明し、実技に入りました。奈良佐保短期大学の
展示ブースでは、生活にうるおいと癒しを与えるアロマセラピーと押し花栞づくりと、生活習慣病予防のための食生活アドバイスを行いました。ブースには、大勢の人たちで賑わい(写真3)、実際に押し花のしおり作りや、石鹸の粉をこねてハーブを混ぜ、型に入れて固めてオンリーワン石けんの制作に、参加された皆さんは夢中で取組まれました。生活習慣病予防のための食生活アドバイスでは、食物栄養コースの矢和多教授が相談や説明を受けに来られる人たちに休む間もなく自ら対応されました。
午後は大ホールで講演があり、基調講演として、天理よろず相談所病院の石井均内分泌内科部長のメタボ対策についてのユーモアあふれるお話がありました。分かりやすい説明
とパワーポイントは大変参考になり、メタボ対策については、わが身を振り返りつつ納得しました。次に、美肌師佐伯チズさんによる記念講演がありました(写真4)。佐伯さんは、舞台から降りて聴衆席の間を回りながら、プリンプリンのご自分のほっぺたを聴衆の皆さんに触ってもらい、素肌美と若さをアッピールされました。みずみずしい肌や艶のあるいきいきした顔を保つには、食事を噛むときのバランスや水分を補給することの大切さなどを述べられましたが、若さを保つ真の秘訣は、心の持ち方であることを強調されました。ご本人の美肌を前にして、聴衆の皆さんは、ため息と納得の複雑な面持ちでした。
2009年09月20日 日曜日
「西安市との交流」
四川省(学長ブログ85「中国四川大震災復興支援で小学校と中学校を訪問」参照)を後にして、私達一行は陝西省西安市に向かいました。西安市は、隋、唐の時代の中国の都、長安であり、その歴史を感じさせる城門が市の中心を囲み、数多くの寺院や大学が点在しています。大学は、西安交通大学、西安西北大学などを始め現在40以上あるということです。市内の道路の多くには街路樹が植えてあり、他の都市に比べ落ち着いた印象を与えます。中には柿ノ木が街路樹になっていて、柿が実っているところもあり、びっくりです。奈良の名産の柿とも何か関係があるのかもしれません。
今回は、西安市にある陝西省教育庁留 学センターと西安外国語大学高職部(日 本の
高等専門学校に相当)を訪問すること、奈良市と姉妹都市である西安市との交流で、燈火会と盆おどりに参加することでした。陝西省教育庁留学センターではセンター長と副センター長、そして紹介していただいた陝西中医学院の王軍哲先生(通訳をしていただいた何頴さんの同級生)に会い、奈良佐保短期大学の紹介を行なうとともに、陝西省の大学における留学状況について、何さんの通訳で、お話を伺いました(写真1)。話し合いが終わってから、雨の中でしたが、教育庁の正門前で記念撮影をしました(写真2)。次の日には、西安外国語大学の高職部を訪問し、高職部長さんや応用日本語学科の先生方に会いました。最初、高
職部の学生さん達20人ほどが教室に集まってくれていたので、奈良佐保短期大
学の紹介を行い(写真3)、いろいろな質問に答えました。その後、交流について先生方といろいろと話し合いをして、留学生の派遣、単位互換など交流を進めていこうということになりました。最後に、大学の正門前で、記念撮影をしました(写真4)。
夕方、奈良市からの市民交流団体が到着し、西安市人民政府への表敬訪問が行なわれました。西安西北大学の学生達の通訳で、奈良市の市民団体と西安市の市民が和やかに交流する夕食会の後、奈良市主催の燈火会と盆おどりに参加しました。雨模様の中、開催が危ぶまれたのですが、なんとか天気ももち、去年の3倍の参加者があったという盛会になりました。
2009年09月17日 木曜日
「中国四川大震災復興支援で小学校と中学校を訪問」
中国四川省大地震が去年の5月12日に起こり、震源地近くの小学校や中学校が被災し、多くの生徒の命が奪われました。このたび訪れた小学校は、羅江県東升学校といい、実験小学校として四川省一番の優秀な学校だそうです。校舎は未だにプレハブ教室のままでした。中学校は、綿陽市・北川中学校で、校舎は近くの会社の建物に間借りしている状態でした。日中友好に力を注いでいる兵庫県西宮市在住の音楽家李広宏氏は、被災した羅江県東升学校に新築校舎を寄贈する活動を行ない、ソロプチミスト奈良まほろばは、グランドピアノや時計などを寄贈するなどの支援を行っています。私は、このソロプチミストのグループに参加して中国を訪問し、地球儀の寄贈を行いました。
写真1 写真2
写真3 写真4
写真1は、「李広宏中日友好小学校開校式典」で、小学生達のブラスバンドの演奏で歓迎してくれているところです。写真2は、訪問団に手を振ってくれる小学生たちで、とても暑い日でしたが、校庭に並んで元気に手を振ってくれました。震災で多くの友達を失った悲しみからも立ち直ってきて、握手をしたり、サインを求めてきたり、とても人懐っこくて可愛い小学生たちでした。写真3は、李広宏氏が挨拶をしているところです。写真4は、私が地球儀を贈呈しているところです。この後、李広宏氏が日本の歌をテノールで披露し、寄贈したピアノでの演奏などがありました。次の日に訪れた綿陽市・北川中学校でも、楽器、時計、地球儀の贈呈があり、中学生達も大喜びでした(写真5)。一人の女子中学生は、震災で片足を失い、義足をつけていましたが、足にうまく合わず痛みがあると訴えていました。ソロプチミストで本学の非常勤講師もお願いしている安田順恵さんが、奈良の義肢製作で世界的に有名な会社を紹介すると言われ、大喜びしていました。写真6は、この女子中学生に、私と李氏とで、本学の紹介をしているところです。
写真5 写真6
四川省の首都である成都市は、人口1000万人以上の中国8番目の大都市で、地震の影響は認められず、高層ビルが林立し、広い道路にひしめく車の洪水と郊外へ伸びる高速道路と目覚しい近代化を遂げていました。四川省は、観光に力を入れているということで、日本人観光客も多く見られました。四川料理は日本人には少々辛すぎるようですが、慣れるとこの辛さが応えられない美味となります。





