2009年05月27日 水曜日
「奈良佐保短期大学の入試説明会を行いました」
来年度の学生募集について入試説明会を5月25日(日)に奈良ホテルで開催し、奈良県はじめ近隣府県の高校約40校の先生方のご参加をいただきました。新型インフルエンザ流行の拡大によっては、中止も検討しましたが、奈良県では確認されず、政府からも季節性インフルエンザと類似であるとの見解が示されましたので、無事開催することができました。
学長として、本学の「社会に貢献する人材育成」をモットーとする建学の精神や教育目標を述べ、それらに沿った本学の教育の延長として、経済産業省「社会人基礎力育成グランプリ2009」において、準大賞と会場特別賞を受賞したことを紹介いたしました。本学専攻科福祉専攻のチームが「人と関わることによる成長~介護現場の実践を通して~」で会場に感動の渦を引き起こしたことは、短大での教育の中で、社会人基礎力が培われていることを示すものであることを説明しました。また、本学の素晴らしい環境に恵まれた夢の丘キャンパスでの種々の活動と地域との交流についてもお話しました。
今年新しく編集した本学のビデオでは、授業や実習など学生の生の姿をドキュメンタリータッチでご覧いただき、活動的で満足度の高い学生生活の様子を紹介しました。各学科・コースの教員からは、介護福祉の現状や地域の子育てを支援する幼児教育の新しい取り組みなどを説明しました。近年の本学の説明会では、在学生や卒業生が自分たちの大学を語ってくれる場面を作っていますが、今年は、社会人基礎力グランプリに出場した卒業生が、在学中の取り組みや楽しかった印象について熱弁を振るってくれました。会場の各テーブル席には、高校の先生方のなかに本学教員が混じり、教え子たちの様子や進路状況などについて情報交換し、和やかに交流を深めていただきました。
ご参加いただいた先生方には、本学の多面的な教育をご理解いただけたことと期待しています。
2009年05月19日 火曜日
「奈良女子大学創立100周年記念式典と奈良佐保短期大学」
奈良女子大学の創立100周年記念式典が5月16日奈良ホテルで行われ、出席しました。明治41年、奈良女子高等師範学校は、日本で二番目の国立(当時は官立)の女子高等教育機関として設立されました。当時、女性はほんとんどの帝国(国立)大学に進学することができなかったので、東京女子高等師範学校(現・御茶ノ水女子大学)と並んで、実質的に女性の最高学府だったのです。
式典は、同大学音楽部の女声コーラスによる「校歌」で始まりました(写真1)。その歌詞は、大正天皇のお后である貞明皇后が詠まれた詞によるもので、「みなもと清き佐保川の」という言葉も出てくる優雅な歌です。本学の名の由来でもある「佐保」の地名を、現在の日本では知る人も少なく、この歌の床しさがどれほどに理解してもらえるでしょうか。
式典の列席者は、女子大関係者と卒業生をはじめとし、地元奈良からは自治体、教育、大学、財界、報道関係者はもとより、東京から内閣府、文部科学省、国会議員、お茶ノ水大学、近府県の大学関係者、海外からは中国や韓国の大学など、総勢200名余が参列し、さすが歴史と伝統を感じさせられる盛観なものでした。この4月に就任されたばかりの野口誠之学長は挨拶の言葉で、日本における女子高等教育の伝統を強調されました(写真2)。祝賀会では、日本酒「奈良の八重桜」が振舞われ、このお酒は奈良女子大学、奈良県、地元の今西酒造が協力して、県花「ナラノヤエザクラ」の花びらから分離・培養した酵母を使った清酒です。馥郁とした桜の香りをもつフルーテイーでワインのような味わいでした。
写真1 写真2
さて奈良佐保短期大学は、この奈良女子高等師範学校の同窓会「佐保会」の有志により、昭和6年(1931年)佐保女学院として設立されたのです。当時の奈良女子高等師範学校の卒業生たちは、日本をリードするエリートの女性たちであり、後進の女子教育に対する情熱には並々ならぬものがあったと思われ、創立当時の佐保女学院には最高の教育内容が盛り込まれています。太平洋戦争後の学制改革を機に、奈良佐保女学院短期大学となり、そののち、社会と時代の変化に対応して、平成13年奈良佐保短期大学は、女子教育から男女共学への道に進んできたことは、建学の目的からすれば画期的なことでもあります。創立当時は家政系教育が中心でしたが、やがて初等・中等教育教員養成へ、そしていま、保育士、幼稚園教諭、介護福祉士、栄養士などの養成機関として福祉系の色を濃くし、さらに今年度からはビジネスキャリアーコースを設置して企業・産業界への関わりを結ぼうとし、やがてアジアへ世界へと展望は拡がっていきます。思えば本学の80年の歴史は、日本の社会と女子教育の変遷を鮮明に描きだしているのです。本学は奈良女子高等師範学校の秀でた女性たちの建学の意気を継承し、これからの日本社会の発展に貢献寄与できる人材を輩出すべく頑張らねば、との思いを強くした一日でした。
2009年05月16日 土曜日
「夢の丘キャンパスの自然広場で子供達と学生が楽しく遊んでいます」
今日(5月14日)は、素晴らしい五月晴れの天気で、近くの都南幼稚園の園児達が、奈良佐保短期大学の夢の丘自然広場に遊びにきてくれました。佐保の夢の丘キャンパスには、自然広場の他にも、里山、ビオトープ、農園、体育館、グラウンド、模擬保育室「虹の部屋」などがあります。今日は、幼児教育科の「自然と遊びフィールド」の学生達も参加して、園児達の手を引いて池のほとりを散歩したり(写真1)、築山に登ったり(写真2)一緒に遊んでいます。 写真1
子供達は大はしゃぎで、草が青々と萌え出した斜面を転がっておりたり、広場を走り回ったり、にぎやかな声がキャンパス中に響き渡りました。ちょうど、休み時間になって、教室を移動する学生達も思わずこども達に声をかけています。遊びまわった後は、桜の木の下で、お弁当を開いていました。去年の12月に夢の丘キャンパスのビオトープや自然広場のオープニングを、

2009年05月13日 水曜日
「吉城園の庭園」
あまり知られていませんが、奈良の庭園の中で風情がある庭園として「吉城園(よしきえん)」を紹介したいと思います。東大寺に近く、名勝として名高い「依水園(いすいえん)」の隣にあり、興福寺塔頭の摩尼珠院の跡に造成された庭園で、明治時代には奈良晒で財をなした実業家の邸宅であったそうで、大正時代に奈良県の所有となり公開されました。 写真1
日本庭園と離れ茶屋から成り、園内は池の庭、苔の庭、茶花の庭に分かれ、四季折々の花々、もみじなどを鑑賞するには最高の場所でありながら、訪れる人は意外と少なく静かなひと時を楽しむことができます。杉苔の美しい苔の庭を望む、かや葺きの茶室(写真1)と茶花の庭が中心の日本庭園の良さが満喫できます。初夏のもみじの若葉(写真2)と秋の紅葉もまた見事なものがあります。今は、しゃくなげ(写真3)が美しい花をつけています。奈良のお寺では、花を特長として、ぼたんの長谷寺や当麻寺、あじさいの矢田寺、はぎの白毫寺、しゃくなげの室生寺、コスモスの般若寺、バラの霊山寺などが有名です。日本庭園に関しては、奈良は、京都に比べて、あまり有名なものは少ないのが残念ですが、奈良公園の周辺には、「吉城園」や「依水園」、そして「万葉植物園」のように、ゆっくりと素朴な自然を楽しめる庭園がいくつかあります。「吉城園」は、奈良県が所有する庭園であるため、入園料は、大人
写真2 写真3
2009年05月04日 月曜日
「インド日本交流センターのオープニング」
5月2日、インド日本交流センターのオープニングがありました。大和郡山市の国道24号線沿いの西名阪国道の郡山インターの近くで、インド人のクンナ・ダッシュ氏が日本とインドの交流を進めるための拠点として設立したものです。オープニングは「奈良インドフェスティバル2009」と銘打って、上田大和郡山市長による挨拶で始まり、その後、仮設舞台で、インドの伝統楽器シタールの演奏が行われました(写真1)。 写真1
会場が戸外で、この日は真夏日のような暑さの中でしたが、しばし、インドの旋律の響きに酔うひとときでした。このセンターでは、インド料理「サンタナ」(写真2)でカレーなどインドの家庭料理を提供し、直輸入のインド雑貨の販売(写真3)、インド関連の資料の展示など、インドの文化を紹介し、日本とインドの交流と同時に、大和郡山市の活性化にも繋げたいと、クンナ氏の抱負は大きいようです。5月6日までのイベント期間中は、インドの演奏家によるシタールなどインド楽器の演奏、クンナ氏の出身地であるオリッサ州から来日したプロの舞踊家によるオリッシイ舞踊などが披露されます。
写真2
クンナ氏の妹さんのミナさんは、本学の幼児教育科で学び今年卒業されたことや、オリッサ州の農業大臣が来日された際には、一行を奈良佐保短期大学に迎えたりしたこともあり、本学とインド、オリッサ州との交流は深まっています。日本におけるインドからの留学生は、まだまだ少なく、「目覚めた経済大国」インドはこれから力を発揮していくでしょう。本学も交流を進める必要があると思っています。クンナ氏は、このセンターを文化交流の場として留学生の宿泊施設も併設したいと考えているということで、奈良佐保短期大学としては、できる限り協力していきたいと思っています。





